研究ノート
ビスケットの吸湿——「サクサク」の低下はどの指標に現れるか
Field note
湿気たビスケットは「サクサクしなくなった」と言われます。ところが硬さを測ると、値は下がるどころか上がっていました。
- 試料
- ビスケット(市販品・同一銘柄)
- 試験
- 圧縮試験・含水率測定
- 測定モード
- MODE 2(歪み率)
- ひずみ率
- 95 %
- 感圧軸
- No.5(φ5 mm 円柱)
- ステージ移動速度
- 60 mm/min
- ロードセル
- 200 N
- 反復数
- 各時点 n = 10〜12(含水率は n = 3)。24 h 以降の山の数のみ平均値
- 試験室環境
- 25 ℃ / 58 %RH
要旨
開封したビスケットを追跡したところ、圧縮波形に現れる小さな破壊の回数(山の数)は 15 時間で 20.1 回から 8.0 回へ 60 % 減少し(p < 0.001)、96 時間では 4.9 回(0 h 比 −76 %)まで下がった。 いっぽう最大荷重は 29.4 N から 96 時間の 54.8 N へ 87 % 増加しており、 硬さの指標は食感の劣化と逆向きに動いた。 山の数は同時に測った含水率と強く逆相関し(r = −0.97)、 吸湿による可塑化が「サクサク」を失わせる過程を、破壊の回数として追えることが示唆されます。 最大荷重だけを品質指標に置くと、この変化を取り逃すか、逆に読む危険があります。
背景と目的
「サクサク」は、菓子・スナック・揚げ物の衣にとって中心的な品質特性です。しかし官能評価に頼ると、 評価者のあいだの差と、同じ評価者の日ごとの揺れが乗ります[4]。開発の現場では 「先週の試作より湿気ている」という指摘を、数値で受け取れる形にしたい。
この食感を機器で捉える試みには蓄積があります。crisp と crunchy が噛んだときの音の高さで 分かれること[1]、破断音を荷重と同時に記録する手法[2]、 そして荷重曲線の細かい上下そのものを crispness の指標とする考え方[3]が 提案されてきました。本ノートはこの 3 番目の系譜に立ちます。
目的は 2 つです。 (i) 圧縮波形の小さな落ち込みを数えた値(以下「山の数」)が、開封後の経過時間に対して どう動くかを、反復測定つきで定量化すること。 (ii) 同じ試料で最大荷重がどう動くかを並べ、どちらの指標が食感の変化を捉えるかを 切り分けることです。
実験方法
市販のビスケット(同一銘柄)を開封し、25 ℃ / 58 %RH の室内に静置しました。 開封時を 0 h として、0・1・3・6・15・24・48・96 時間の 8 時点で圧縮試験を行いました。
- 圧縮試験:試料台を 60 mm/min で上げてφ5 mm の円柱状感圧軸に押し当て、ひずみ率 95 % まで貫入。 各時点 n = 10〜12。1 枚から場所を変えて複数点測った試料もあります。
- 山の数:荷重曲線に現れる極大のうち、装置が破壊と判定した回数。 試料ごとに自動算出しており、人が数えていません。
- 含水率:別に取り分けた試料を秤量・乾燥・再秤量して求めました。 1・3・6・15・24・48・96 時間の 7 時点、各 n = 3。
※ 統計的な検定は 0〜15 時間の範囲で行いました。
結果と考察
この試験の全体像を Fig. 1 に示します。 開封からの時間に対して、含水率は上がり続け、山の数は下がり続けました。 同じ時間軸に並べると、2 本の向きがそろって逆になります。 以下、指標ごとに見ていきます。
山の数は落ち、最大荷重は上がる
Fig. 2 に経時変化を示します。山の数は 0 h の 20.1 ± 1.6 回から 15 h の 8.0 ± 0.8 回へ、 単調に減りました(−60 %、Welch の t 検定で p < 0.001)。 そのあとも 24 h で 8.4 回、48 h で 7.1 回、96 h で 4.9 回と下がり続け、 0 h 比で −76 % に達しています(Table 1)。 いっぽう最大荷重は逆に、0 h の 29.4 ± 2.0 N から 15 h の 39.8 ± 3.9 N (+35 %、p ≈ 0.02)を経て、96 h には 54.8 ± 4.4 N まで 上がりました(0 h 比 +87 %)。
2 つの指標は逆を向いています。「サクサクしなくなった」という官能の変化に対して、 山の数は同じ向きに、最大荷重は逆の向きに動きました。 最大荷重だけを見ていると、「硬くなった=しっかりしている」と読み違えかねません。
| 経過時間 | n | 山の数 [回] | 最大荷重 [N] |
|---|---|---|---|
| 0 h | 11 | 20.1 ± 1.6 | 29.38 ± 1.97 |
| 1 h | 11 | 18.5 ± 1.7 | 27.25 ± 1.62 |
| 3 h | 10 | 16.8 ± 1.8 | 31.62 ± 2.62 |
| 6 h | 10 | 14.1 ± 1.6 | 37.13 ± 4.39 |
| 15 h | 10 | 8.0 ± 0.8 | 39.76 ± 3.92 |
| 24 h | 10 | 8.4 ± 0.9 | 31.31 ± 0.86 |
| 48 h | 12 | 7.1 ± 0.6 | 41.43 ± 6.50 |
| 96 h | 10 | 4.9 ± 0.6 | 54.81 ± 4.41 |
なぜ最大荷重が上がるのか
ビスケットのような多孔質の乾燥菓子では、最大荷重は「壊れはじめる力」ではなく 「潰しきるまでに出た最大の力」です。ひずみ率 95 % まで押し込むと、砕けた破片が 感圧軸の下で圧密されます。もろさが失われて一度に割れなくなるほど、 破片は細かく砕けずに残り、終盤の荷重が高くなると考えられます。 試料ごとのばらつきが時間とともに大きく振れるのも、この圧密の進み方が 1 枚ずつ違うためと 解釈すれば整合します。本試験で直接確かめたものではなく、観測された向きに対する 一つの見立てです。
含水率との対応
Fig. 3 に含水率の経時変化を示します。含水率は 1 h の 3.35 % から 96 h の 10.24 % まで上がりました。 対数時間軸に対してほぼ直線に乗っており、吸湿が拡散に律速されて進んでいることと整合します。
圧縮試験と含水率が重なる 7 時点(1・3・6・15・24・48・96 h)で、平均どうしを対応させました。 含水率と山の数はほぼ一直線に並びます。
最小二乗で直線を当てると 山の数 = 26.2 − 2.07 × 含水率、 決定係数 R² = 0.95(r = −0.97、p < 0.001)でした。 傾きは −2.07 ± 0.22 回/%(95 % 信頼区間 −2.64 〜 −1.51)。 含水率が 1 ポイント上がるごとに、山がおよそ 2 回ずつ減る勘定です。
水分が入るほど、小さな破壊が起きにくくなります。 含水率を測れば山の数がおおよそ読め、逆に山の数から湿気の進み具合を見積もれる、 という関係がこの直線です。
読み解き:乾燥した多孔質の菓子は、ガラス状態にある糖と澱粉の骨格が 脆く壊れることで、細かい破壊を多数起こします。水は可塑剤としてはたらき、 ガラス転移温度を下げます[5]。室温がガラス転移温度を上回ると骨格はゴム状に移り、 割れるかわりに変形するようになる。これが山の数の減少として現れていると 示唆されます。臨界の水分活性がおよそ 0.5 前後に現れるという報告[6]とも 向きが一致します。本ノートでは水分活性を測っていないため、 含水率と山の数の対応を示すにとどめます。
結論
- 開封後 96 時間で、山の数は 76 % 減り、最大荷重は 87 % 増えた。 2 つの指標は逆を向く(15 時間までで見ても −60 % と +35 %、山の数は p < 0.001)。
- 山の数は含水率と強く逆相関した(r = −0.97、1〜96 h の 7 時点)。 吸湿による可塑化が「サクサク」を失わせる過程を、破壊の回数として追えることが示唆される。
- 硬さの指標だけでは、この食感の劣化を捉えられない。 最大荷重は上がるため、逆に読む危険がある。
- 試料 1 枚ごとのばらつきが大きいため、各時点 10 本前後の反復を前提に設計する必要がある。
参考文献
- Z. M. Vickers, J. Texture Stud., 15(2), 157–163 (1984).
- L. Duizer, Trends Food Sci. Technol., 12(1), 17–24 (2001).
- J. F. V. Vincent, J. Sci. Food Agric., 78(2), 162–168 (1998).
- T. Næs, R. Solheim, J. Sens. Stud., 6, 159–177 (1991).
- M. Peleg, J. Food Sci., 80(9), E1988–E1996 (2015).
- E. E. Katz, T. P. Labuza, J. Food Sci., 46(2), 403–409 (1981).
この測定が役に立つ場面
- 包装や保存条件の違いで、サクサク感がどれだけ保たれるかを比較したいとき
- 賞味期限の設計で、「いつまでサクサクか」を含水率と対応づけて決めたいとき
- 「サクサク」「パリパリ」といった官能表現を、開発目標として数値で置きたいとき
- 硬さを測っているのに官能と合わない、という行き詰まりを切り分けたいとき
本ノートは、食品開発展 2025 におけるサン科学の講演「食品分析の最前線:さまざまな食感の測定例と解釈」で紹介した測定をもとに再構成したものです。市販品を試料としており、個々の製品の性質を保証するものではありません。