研究ノート
フィナンシェの保存期間——硬さの変化は一方向か
Field note
古くなった焼菓子は硬くなる。ところが途中でいちど、いちばんやわらかくなる時期がありました。
- 試料
- フィナンシェ(同一銘柄)
- 試験
- 圧縮試験
- 測定モード
- MODE 1(定深度)
- 進入距離
- 14 mm
- 感圧軸
- No.35
- ステージ移動速度
- 60 mm/min
- 水準
- 製造直後 / 数日経過 / 賞味期限切れ(約 1 ヶ月)
- 試験室環境
- 23 ± 1 ℃ / 50 ± 5 %RH
要旨
同一銘柄のフィナンシェを 3 つの保存段階で圧縮したところ、最大荷重は 製造直後 3.81 N → 数日経過 2.66 N → 期限切れ 8.12 N と、いったん 30 % 下がってから 3.1 倍に跳ね上がった。 さらに曲線の勾配を区間に分けて見ると、製造直後と数日経過では押し込むほど勾配がゆるむ (中心 ÷ 入口 = 0.41 と 0.22)のに対し、期限切れでは逆に上がる(1.20)。 吸湿による可塑化と脱湿による硬化が、時間差をおいて順に効いており、 後者は中心まで及んでいることが示唆されます。 最大荷重を 1 点だけ取ると、この折り返しを見落とします。
背景と目的
焼菓子の賞味期限設計では、「いつまでおいしいか」を決める必要があります。 経時変化は「だんだん硬くなる」と単純に考えられがちですが、 包装内の水分は出入りの両方が起こりうるため、単調とは限りません。
機構としては 2 つが競合します。水は可塑剤としてはたらき、ガラス転移温度を 下げます[1]。吸湿すれば骨格はゴム状に近づき、やわらかくなる。 いっぽう長期に置くと水分が抜け、気泡の壁が硬くなります。 水分活性と脆さの関係には臨界点があることも報告されています[2]。
目的は 2 つです。 (i) 保存時間だけを変えた同一銘柄で、最大荷重の経時変化を定量化すること。 (ii) 変化が表面から進むのか、中心まで及ぶのかを、 曲線の区間ごとの勾配から読み取ることです。
実験方法
| 試料 | 保存条件 | 官能のイメージ |
|---|---|---|
| A | 製造直後(開封直後) | ふんわり・バター香 |
| B | 数日経過(常温保管) | しっとり・やわらか |
| C | 期限切れ(約 1 ヶ月後) | 硬化・乾燥感 |
- 試料:同一銘柄・同一ロットの個包装品を、開封時期だけ変えて用意しました。
- 圧縮:試料台を 60 mm/min で上げてNo.35 の感圧軸に押し当て、14 mm まで定深度で貫入。
- 勾配の区間:入口を 0.2〜2.0 mm、中心を最大荷重に達する 距離の 60〜80 % の区間と定義し、それぞれの傾きを求めました。
※ 各水準 1 個の代表値です。反復が無いため、水準内のばらつきは 押さえられていません。差の向きは明瞭ですが、倍率には幅があると考えてください。 また含水率は測定していません。
結果と考察
最大荷重は、いったん下がってから上がる
3 水準の圧縮曲線を Fig. 1 に、算出した指標を Table 2 に示します。
| 試料 | 最大荷重 [N] | A 比 | 入口勾配 [N/mm] | 中心勾配 [N/mm] | 中心 ÷ 入口 |
|---|---|---|---|---|---|
| A 製造直後 | 3.81 | 1.00 | 0.495 | 0.202 | 0.41 |
| B 数日経過 | 2.66(最低) | 0.70 | 0.378 | 0.084 | 0.22 |
| C 期限切れ | 8.12 | 2.13 | 0.811 | 0.973 | 1.20 |
B は A の 70 % まで下がり、C は B の 3.1 倍・ A の 2.1 倍に上がりました。 経時変化は一方向ではありません。
ここを 2 点だけで測ると読み違えます。A と C だけを比べれば 「2.1 倍に硬くなった」で終わりますが、途中でいちどやわらかくなっていることは 見えません。賞味期限の設計では、この折り返しの時期こそが知りたい情報です。
勾配の向きが、水準で逆転する
中心 ÷ 入口の比は、A で 0.41、B で 0.22、C で 1.20 でした。
- A と B は 1 より小さい——押し込むほど勾配がゆるむ。 表面のほうが中心より硬い、という形です。
- C だけが 1 を超える——押し込むほど勾配が上がる。 中心まで硬くなっていることを示します。
読み解き:焼菓子の表面は外気と接しており、水分の出入りが最初に起きます。 数日の段階(B)では吸湿による可塑化が優勢で、入口・中心とも勾配が下がり、 最大荷重も最低になった。1 ヶ月の段階(C)では脱湿による気泡壁の硬化が 優勢になり、その硬化が中心まで届いたため、中心勾配が入口を上回った—— という筋書きが、観測された数値と整合します。 含水率を測っていないため、可塑化と硬化の機構そのものは確かめていません。 水が可塑剤としてガラス転移温度を下げること[1]は文献で確立していますが、 本試料でそれが起きたと断定することはできません。
結論
- 最大荷重は 3.81 → 2.66 → 8.12 N と、いったん下がってから上がった。 焼菓子の経時変化は一方向ではない。
- 中心 ÷ 入口の勾配比は 0.41 → 0.22 → 1.20 と、期限切れだけが 1 を超えた。 硬化が中心まで及んでいることが示唆される。
- 2 点だけの測定では折り返しを見落とす。 賞味期限の設計には、途中の時点を含めた追跡が要る。
参考文献
- M. Peleg, J. Food Sci., 80(9), E1988–E1996 (2015).
- E. E. Katz, T. P. Labuza, J. Food Sci., 46(2), 403–409 (1981).
この測定が役に立つ場面
- 賞味期限の設計で、「全体が硬くなった」のか「外だけ乾いた」のかを切り分けたいとき
- 包材のバリア性能の違いを、経時の曲線の形で比べたいとき
- いちばんやわらかくなる時期を押さえたいとき
- 「しっとり」「ぱさつく」を、入口と中心の勾配として数値で置きたいとき
市販品を試料としており、個々の製品の性質を保証するものではありません。含水率は測定していないため、吸湿・脱湿は観測された挙動に対する解釈です。