研究ノート
ステーキ肉の解凍方法——圧縮と切断で同じ結論になるか
Field note
「流水で戻すとおいしい」はよく言われます。測ってみると、何を測るかで戻り具合の見え方が変わりました。
- 試料
- ステーキ肉(1 cm 角)
- 試験
- 圧縮試験・切断試験
- 測定モード
- MODE 2(歪み率)
- ひずみ率
- 30 %
- 感圧軸
- くさび型(切断)/平面(圧縮)
- ステージ移動速度
- 60 mm/min
- ロードセル
- 20 kgf(200 N)
- 水準
- 未冷凍 / 常温解凍 / 流水解凍
- 試験室環境
- 23 ± 1 ℃ / 50 ± 5 %RH
要旨
同一の凍結履歴を持つステーキ肉を常温と流水で戻し、未冷凍のものと比較した。 圧縮試験では流水解凍が未冷凍の 84 % の最大荷重を保ち、常温解凍は 30 % まで落ちた。 ところが切断試験では流水解凍が 53 %、常温解凍が 39 % と、 流水解凍の優位が縮んだ。 圧縮と切断は別のものを見ており、片方だけでは「どれだけ戻ったか」を語れないことが 示唆されます。あわせて、刃を入れる向きが結果を大きく左右することも確認しました。
背景と目的
冷凍した肉を解凍すると食感が落ちる、というのは広く共有された経験です。 その機構として、氷結晶が −1〜−5 ℃ の温度帯(最大氷結晶生成帯)を通るあいだに 小さい結晶どうしが併合して粗大化し、筋組織を傷つけることが知られています[1][3]。 急速に戻したほうが解凍損失が小さいという報告もあります[2]。 国内では 1981 年の報告が同じ向きの結果を示しています[4]。
ただし「食感が落ちる」を何で測るかは自明ではありません。 肉は繊維の方向を持つ異方性の材料で、押すのと切るのとでは壊れ方が違います。 官能評価では「噛みごたえ」として一つにまとめられてしまう性質が、 機器測定では複数の指標に分かれます。
目的は 3 つです。 (i) 解凍方法の違いを圧縮試験で定量化すること。 (ii) 同じ試料を切断試験でも測り、試験の種類によって結論が変わるかを見ること。 (iii) 刃を入れる向きが結果に与える影響を押さえることです。
実験方法
- 試料:市販のステーキ肉を 1 cm 角に切り、3 群に分けました。 未冷凍(冷凍せず冷蔵庫へ)、常温解凍(冷凍後、室温で静置して解凍)、 流水解凍(冷凍後、流水にあてて解凍)。 解凍した 2 群は同じ条件で凍らせています。違うのは戻し方だけです。
- 圧縮試験:平面の感圧軸で、ひずみ率 30 % まで圧縮。 全群が同じ温度に戻ってから測定しました。
- 切断試験:くさび型の感圧軸で切断。 繊維に沿う向きとその法線方向の 2 通りで刃を入れ、 各 3 本、計 6 本を測りました。
- あわせて解凍時のドリップ(流出する液)の量を比較しました。
※ 圧縮試験は各群 1 本の代表値です。群間の差は大きいものの、 反復が無いため群内のばらつきは押さえられていません。
結果と考察
圧縮試験:流水解凍は未冷凍にほぼ重なる
ひずみ率-荷重曲線を Fig. 1 に、算出値を Table 1 に示します。
| 水準 | 最大荷重 [N] | 未冷凍比 | ひずみ 10 % 時の荷重 [N] |
|---|---|---|---|
| 未冷凍(冷蔵) | 0.780 | 1.00 | 0.098 |
| 常温解凍 | 0.231 | 0.30 | 0.055 |
| 流水解凍 | 0.653 | 0.84 | 0.099 |
押しはじめ(ひずみ 10 %)では、流水解凍と未冷凍がほぼ一致します (0.099 と 0.098 N)。常温解凍はこの時点ですでに約半分です。 ドリップの量もこれと対応し、常温解凍で多く、流水解凍で少ないという結果でした。
切断試験:差の出方が変わる
切断試験の結果を Table 2 に示します。
| 水準 | 最大荷重 [N] | 未冷凍比 |
|---|---|---|
| 未冷凍(冷蔵) | 33.15 | 1.00 |
| 常温解凍 | 13.02 | 0.39 |
| 流水解凍 | 17.57 | 0.53 |
ここが本ノートの核です。圧縮では流水解凍が未冷凍の 84 % まで戻っていたのに、 切断では 53 % にとどまりました。同じ試料・同じ解凍方法なのに、 試験の種類を変えると「どれだけ戻ったか」の答えが変わります。
圧縮は組織全体の詰まり方を、切断は繊維を断ち切る力を見ています。 氷結晶の粗大化が筋繊維そのものを傷つけているとすれば、繊維を切る試験のほうに 傷が強く出るのは自然です。これは観測された差に対する見立てであり、 組織観察で確かめたものではありません。
読み解き:流水解凍は最大氷結晶生成帯の滞在時間が短く、 常温解凍は長い。本試験の解凍 2 群は同一の凍結履歴であるため、 観測された差は解凍側の現象に帰属できます。 ただし「どれだけ戻ったか」の数値は試験の種類に依存するので、 比較の目的に合った試験を選ぶ必要があります。
刃を入れる向きで、壊れ方が変わる
切断試験の 6 本は、刃を入れる向きで 2 群に分かれました(Fig. 3)。
- 繊維に沿う向き——組織が裂けて離れる。荷重が実際に落ちる 大きな破壊の形が現れる
- 繊維の法線方向——繊維がつぶれながら一部だけ切れる。荷重は落ちず、 勾配がゆるむ小さな破壊になる
大きな破壊の数は 3 対 0 で分かれました。噛み切れる/切れないの違いに 対応していると考えられます。
読み解き:同じ試料でも、刃を入れる向きが変われば曲線の形が変わります。 肉のように方向性のある組織では、これも測定条件の一部です。条件に書かないと、 比較したときの差が解凍方法の差なのか向きの差なのか分からなくなります。
結論
- 圧縮試験では流水解凍が未冷凍の 84 %、常温解凍が 30 % だった。 押しはじめでは流水解凍と未冷凍がほぼ一致する。
- 切断試験では流水解凍が 53 %、常温解凍が 39 % で、流水解凍の優位が縮んだ。 圧縮と切断は別のものを見ており、片方だけでは戻り具合を語れない。
- 刃を入れる向きで曲線の形が変わる。 方向性のある試料では、向きも測定条件として記載する必要がある。
- 解凍 2 群は同一の凍結履歴なので、2 群の間の差は解凍側に帰属できる。
参考文献
- G. Çalışkan Koç et al., Compr. Rev. Food Sci. Food Saf., 24(2), e70136 (2025).
- LWT, 209, 116771 (2024).
- Food Chem., 373, 131461 (2022).
- 中村誠, 加藤啓介, 石川県農業短期大学研究報告, 11, 45–49 (1981).
この測定が役に立つ場面
- 冷凍・解凍を伴う製造工程で、解凍条件が製品の食感に与える影響を定量的に比較したいとき
- 「解凍後も食感が変わらない」ことを、数値で示したいとき
- ドリップ量と食感の関係を、同じ試料で並べて見たいとき
- 方向性のある組織(肉・野菜・練り製品)を、向きをそろえて比較したいとき
- 圧縮と切断で結論が食い違う、という場面を切り分けたいとき
市販品を試料としており、個々の製品の性質を保証するものではありません。氷結晶の粗大化については文献で報告されている機構であり、本試験で結晶そのものを観察したわけではありません。